うつ病の薬を会社のトイレで吐いたあの日【うつ病の症状・体験談】




うつ病の薬を吐いた日

撮影:KUMAKO

こんにちは!昔から明るくて適当キャラで通っているKUMAKOです。

そんな私が、うつ病と診断されるなんて、人生は何が起きるか分からないですよね。

うつ病と診断されたのは、7年くらい前の話でしょうか?いまだにその頃の自分と向き合うのは辛いものがありますが、今日はその時のことを振り返ってみたいと思います。

もし、今、昔の自分と同じ辛い状況の人がいるのであれば、「辛いことから全力で逃げて」と言いたいです。

自分の価値を見失った日々

私がうつ病と診断された理由の主なものは、仕事です。

怒鳴り声の響く職場の中で、仕事が忙しく残業を続けていた時、「何で自分を犠牲にしてここまで頑張らなければいけないのか?」という疑問が沸いていました。

毎日終電帰りは当たり前、休日は仕事のことを思って憂鬱な気持ちになる、39度の熱が出て倒れても職場から電話がかかってくるなど、自分の生活がほぼ仕事に染められていました。

その時は、「これが当たり前なんだから」「皆頑張っているのだから」と自分の「?」をすべて抑えつけて、がむしゃらに頑張ることで、辛さを忘れようとしていました。

そして、そこでの仕事は高く評価され、別の部署に異動することになりました。

新しい部署でも期待をされ、上司からも「大きな仕事をやらせていく」というお言葉を頂いていたのですが、もうその時の私は色々なことが限界でした。

すでに仕事も上手くこなせなくなり、頭を抱えていたところ、ミスが続き、ついに上司に叱責されました。前任者と私を比べて、「○○さんは、こんなことしなかったぞ」と。

その時の私にとっては、その言葉にすごく衝撃を受けました。なぜなら、私はその時、他人からの評価だけが心の支えで、他人から良い評価をもらうことに固執していたからです。

他人から良い評価を貰えない、こんな自分は価値がないと自分を責め続けました。

うつ病と診断されるまで(うつ病の症状)

すでに7年も前のことなのに、思い出すと未だに辛いですが、うつ病と診断されるまで、どんな症状が出ていたか思い出してみたいと思います。

涙が勝手にあふれてくる

眠れないという症状は出ていたのですが、夜勝手に涙が溢れて来て、よく泣いていました。

夜泣きながら、「そっか、本当に無理だったら死んじゃえばいいんだ」と思った時に、心からホッとした時は、我ながらヤバいな私と思いましたが。(死ぬことを考えて、ホッとしてしまうのは精神的におかしいです。)

極めつけは、健康診断の時に、ストレスなどを相談するブースがあったのですが、そこで号泣してしまいました。

とにかく、常に自分の中で糸がピンと張りつめていて、少しでも触れると切れる、と言った危うい状況がずっと続いていたように思います。

動悸がして電車に乗れない

電車に乗ると過呼吸を起こして、会社のある駅まで行くのに時間がかかりました。

見て見ぬふりをしても、心も体も会社へ行くことを拒否していたんですね。今なら解りますが、その時は、必死に「なんとしても会社へ行かなくちゃ」と思っていました。

ある日、衝動的に電車に飛び込んでしまいたいと思ったことがあります。無意識と言うか、体が勝手にそちらへ吸い込まれていくような感覚です。

それまで私は、人身事故で電車が遅れるという放送があると、「自殺するならさ、人に迷惑をかけないようにしてもらいたい。」くらいに思っていました。

でも、その経験があってからは、人身事故が他人事とは思えなくなりました。自分だってあと一歩踏み込んでいれば、電車に飛び込んでしまっていたかもしれないし、その衝動的な気持ちがよく分かるからです。

「人に迷惑かけないようにしてもらいたい。」とはなんと皮肉な言葉でしょうか。

人に迷惑をかけないようにと仕事を頑張り、家族に心配をかけまいと気丈に振る舞い、自分ですべてなんとかしようとした結果、衝動的にそのような行為に走る人も多いでしょうに。

うつ病で自宅療養した後も、やっぱり電車に乗るのが辛いというのはしばらく続きました。

うつ病と診断されて

さすがにこれらの症状が悪化することが怖くなり、心療内科の門をたたくと、「典型的なうつ病」と診断されました。

この時訪れた病院は、お世辞にも良い病院とは言えなかったのですが、評判の良い病院は1か月先まで予約でいっぱいで、すぐに診断してくれませんでした。

「心療内科に行くしかない」と決めた時には、もう限界を超えた限界くらいの状況だったので、すぐに何とかしてほしい!と思っていました。なので、すぐに診療してくれる人気のない病院を選ぶしかなかったのです。

そしてそこで抗うつ剤を貰い、「よかった、これで何とかまともに仕事ができるかもしれない。」と、まだ仕事を休まず続けるつもりでした。

うつ病になった時って、自分の本心を感じ取る能力が低下していて、やっぱりどこかおかしいです。

赤信号でも突っ切ってしまうというか、普段の自分とは別人になったような、説明は難しいんですが、冷静な判断ができないんですよね。

抗うつ剤が飲めなかった

抗うつ剤をお守りに、これで仕事に集中できると思った私。

でも、うつ病の薬を飲もうとしたけれど、何度飲もうとしても吐いてしまって飲めませんでした。最終的には、会社のトイレで吐いてしまって、「もうだめだ」と涙が溢れてきました。

そして、さすがに自分自身も、「このままだと自分がどうにかなってしまいそう」と思い、上司にうつ病であることを打ち明け、しばらく会社を休むことになったのでした。

今思えば、薬を吐いたのは、私の心と体の精一杯の拒絶だったのでしょう。

あのまま、抗うつ剤を飲みながら、うつ病であることを隠し、仕事を続けていたらどうなっていたんだろうと背筋が凍る思いがします。

幸せな今は、もしかしたらなかったのではないかと思ったりもします。

自分を助けられるのは自分だけ

うつ病になった時、よくも悪くも、自分を助けられるのは自分だけなんだということがよく分かりました。

うつ病になっても、そのきっかけを作った上司はどんどんと出世していったし、うつ病を打ち明けた上司は「部下にうつ病者を出してしまった」自分の出世のことを一番に心配していました。

仲のよかった人たちが、腫れ物を触るような態度で接してきたのも、とても辛かったです。(もちろん、どう接していいのか分からず、という気持ちはよく分かります。)

人の評価を得るために頑張りたい、自分の成長した姿を見てもらいたい

そんな気持ちで頑張ってきましたが、人は自分のことなんて良くも悪くもどうでもいいんだな、と思いました。

皆、自分のことで精一杯なのだから、他人のことにかまう余裕はないんです。だったら自分は自分のことを何よりも一番に考えるようにしよう、とその時に意識が変わりました。

人からの評価や賞賛なんて一時のもので、その人たちも家に帰ったら、忘れるくらいのことです。そんなものにすがりついて、さらなる人からの評価を求めてもむなしいだけということがよく分かりました。

自分のことは自分が認める。自分を助けられるのは自分だけ。

うつ病になった時に、自分を辛い場所から連れ出してあげられるのは自分だけです。人がどうにかしてくれるなんてことはありません。

自分のことを一番に考え、会社を休むとか、辞めるとか、全力で嫌なことから逃げ出すことが大切だと思いました。

まとめ

うつ病になってから、うつ病になる前の明るい自分に戻るまで、1年半くらいはかかりました。うつ病の経験があったからこそ、最終的に仕事を辞めるという選択ができたと思うので、幸せな今のことを考えると、必要な経験だったと思います(と言うか思いたい。思わないとやってられない)。

でも、本当に辛かったので、できれば思い出すのも勘弁願いたい感じです。

もし、今、昔の私と同じ状況の人がいるなら、とにかく一番に自分のことを考え、全力で辛い場所から逃走してほしいと思います。


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ABOUTこの記事をかいた人

10年間の会社員生活で、うつ病や婦人科系の病気になり、満を持して退職。「好きなことを仕事にして稼ぐ」を模索中。 登山と動物が大好きで、北海道移住を夢見る。30代旦那さんと2人暮らし。