今日は私が好きなアドラー心理学の「課題の分離」という考え方についてお伝えします。
アドラー心理学の考え方は極端なものも多く、同意できない部分が多々ある人も多いのでしょうか?
ただ、私自身は、「課題の分離」という考え方を取り入れることによって、親子関係や人間関係の悩みが減って物事をシンプルに考えられるようになりました。
ということで、今日は、アドラー心理学の「課題の分離とは何か?」についてや、実際に私が「課題の分離」で解決した人間関係の問題について例を挙げていきます。
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目次
アドラー心理学の課題の分離とは?
自分の課題と他者の課題とを分離していく
出典:嫌われる勇気|岸見一郎 古賀史健
考え方です。
私達は、少し気を抜くと、すぐに他人の課題に土足で踏み込み、自分も他人も苦しめていたりします。
自分のことで悩みを抱えているように見えて、実は自分が悩んでいても仕方のない、他者の課題を背負っていることがあります。
自分の課題なのか?他者の課題なのか?
このことを意識するだけで、余計な悩みを抱えることはなくなります。
私が課題を分離したこと(親子関係/人間関係)
今は、アドラー心理学の「課題の分離」を意識することで、余計な悩みはなくなりましたが、以前は人の課題をよく自分の課題と勘違いして悩んでいました。
特にバリバリの長女気質で、人の面倒を見るのが大好きだったので、人から相談されると満更でもなく「私が何とかしてあげなくちゃ」と思い込むことも多々(恥)
そんな私が課題の分離をして楽になった事柄を紹介します。
親子関係の課題の分離
私の両親は仲がめちゃくちゃ悪いです(笑)
父親が亭主関白で何かと怒鳴る人間で、母親はそんな父親に不満が溜まり、子供に父親の悪口を言いまくるという家族関係でした。
物心ついた時から父親の悪口を聞かされて育っています。
結婚する前は、両親の不仲を少しでも進行させないように必死に自分の役割を果たしていました。
父親が怒鳴りそうな雰囲気になったら話題をサッと変えてみたり、母親が、明らかに父親が怒鳴りそうな発言をした時にもソフトな言い回しに変えてみたり。
両親の不仲は自分の課題だと思い、なんとか解決したいと思っていました。
だからこそ、母親がいつも言う父親の悪口は真剣に聞いていたし、昔からずっとお母さんがかわいそうという気持ちが強くありました。
お母さんがかわいそうという気持ちが進行しすぎて、自分だけ結婚して幸せになることに罪悪感を持っていたくらいです。
しかし、私はこの両親の不仲という課題を、自分の課題と捉えるのをやめました。
だって、そうですよね?
亭主関白の父親と結婚するのを選んだのは、母親だし、離婚するという選択肢だってあるのに、未だに一緒にいることを選択しているのも母親です。
もちろん父親だって、自分のイライラを刺激してくる母親と一緒にいることを選んでいるわけです。
いい大人が自分で一緒にいることを決断して、勝手に喧嘩している訳で、子供と言っても、私はいい大人である両親の決断に介入する必要なんてないのです。
両親の不仲は、両親の課題です。
そう考えることによって、両親の不仲に心を痛めることはなくなり、「ああやって喧嘩することも1つのスキンシップなのか?」と思うようになりました。
不思議なことに、私が自分の課題と捉えなくなってから、両親の仲も良くなった気がします。
人間関係の課題の分離
今は好きな人としか付き合っていないので、人間関係の悩みはありませんが、会社勤めしていた頃はもちろん悩みはありましたよ。
怒鳴り狂う上司とか、私を嫌いな人とか、ぜんぜん仕事しない人とか。社会にでるといろんな人がいますよね、もうそれは仕方がないですよね、色々な人がいるのは。
さぁ、さくさく課題の分離をしていきましょうよ。
怒鳴り狂う上司
怒鳴っている上司側に課題がありますよね。だって、怒鳴らず普通に伝えてくれればいいのに、余計に体力消耗してまで怒鳴っているのは、上司の個性っていうか。
上司に「なんで怒鳴らないとしゃべれないんですか?」って聞いてみたらきっと、「お前がトロトロしているからだろ!」とか「これくらい出来て当然だろ!」とか人のせいにしてくるかもしれません。
でも、トロトロできて羨ましいという気持ちが奥底にあって、イライラするのかもしれないし、出来て当然と勝手に思い込んでいるからイライラしているのかもしれない。
やっぱり上司の課題ですよね。
だいたいいつも怒鳴り狂っている人は、誰が何をしても怒鳴ってくるから、アドラー心理学でいう「大切な目的」があるのだろうと思います。
怒鳴ることで相手を威嚇して、自分の言うことを聞かせたいとか。
怒鳴ることで隣のフロアにいる課長に仕事頑張っていますアピールしたいとか。
目的やメリットがあるからわざわざ怒鳴っているのかもしれないです。
サクッと課題分離して、「今日も怒鳴ってお疲れ様」と思っておきましょう。
私を嫌いな人
私を嫌っている人の課題です。私の行動や発言や雰囲気に嫌いな部分があるのでしょう。
皆から好かれるなんて人はこの世で一人もいないので、致し方ないことですよね。
私を嫌いな人から、何とか好かれたくてヘラヘラしたところで、誰かしらは私を嫌いになります。
だったら、自分らしくいて、本来の自分を好きになってくれる人だけ大切にすればいいと思います。
人を嫌いになるって奥が深くて、羨ましくて嫌いになったり、自分の嫌な部分を持っているから嫌いになったり、自分が優位に立ちたくて嫌ったり、色々な理由があります。
私のことが嫌いということは、その人の課題なので、私にはどうにもできないことです。
「課題の分離」をすることで、人から嫌われていることに思い悩んでも仕方ない、無理に好かれようとするの辞めようと思うようになりました。
私の課題か人の課題か?
悩み事が生まれた時に「私の課題なのか?人の課題なのか?」を考えることで、自分の課題ではない余計な悩みに苛まされることがなくなりました。
人の課題を背負って悩んでいることって結構多いんですよね。おせっかい気質の私だからかもしれませんが。
この課題の分離は取り方を間違えると「冷たい」と思われることもあるかもしれません。
でも、決して「私には関係ありません」と突き放すという意味ではなく、自分が協力できることはして、それでも最終的な判断はその人しかできないということです。
他人にどんなに親身にアドバイスをしてあげたとしても、行動するかどうかはその人が決めることですよね。
私がその人にへばり付いて、無理矢理行動を強制することはできないのです。
まとめ
おせっかいで人の課題を自分の課題と思って悩み、「私が何とかしなくちゃ」体質の私には課題の分離は目から鱗の考え方でした。
この考え方を知ってから、私は、シンプルに物事を考え、自分のやるべきことに集中できるようになりました。
今でも私にとってはとても大切な考え方です。
皆さんも人間関係に悩んでいたら、「課題の分離」を意識してみてはいかがでしょうか?